中山将の雑文と詩

シンガーソングライターです。妻と息子2人と暮らしてます。詩を書きます。絵も描きます。音楽も作ります。

卵とウィンナーチャーハン

2020年の夏から

名古屋の西区というところで

妻と息子と3人で暮らしていた。

その町は元来いわゆる下町であるが、近年大型ショッピングモールやマンションの建設が進み、県外からの移住者が増えつつある町だった。

そして僕たちもその1家族だったのだ。

 


息子は当時一歳で、純粋でとても可愛く愛おしかった。自分の中に日々、愛情が湧き出てくるのを感じた。自分でも知らなかった、新しい感情の源泉を見つけた様な感覚。

ただ、初めての子育てであった僕たち夫婦は、マニュアルの無い、幼児の成長過程への向き合い方に、しばしば悩んでいた。

 


僕は、名古屋の中心地に勤めていたため平日は家を空けた。

妻はもともと、奈良県の生まれで、東京生活が長かったうえに、初めてこの名古屋で生活をスタートさせたため、まだ不安が多い状況だった。

僕は仕事は好きだったが、家を空ける度に、二人は大丈夫かな。と漠然とした不安を感じていた。

 


家の近くに、小さな公園があった。

すべり台と、シーソー、ブランコがポツンとあるくらいの、とてもシンプルな、しかしとても有意義な公園だった。

少し郊外に位置する公園のため平日の人気は少ない公園だった。

 


妻がそこで昼間、息子と遊んでいる時、同じように娘さんと遊んでいるママと出会った。

何気ない挨拶から、少し話をする。

どうやら、その親子も関東からパパの転勤で引っ越して来たみたいだ。

 


それから公園で出会う機会が増えていき、息子と娘さんも仲良く遊んで、とても楽しい公園タイムが流れた。

 


そのママさんは、妻よりも年下だがとても社交的な方みたいだった。

近所で見つけた、美味しい牛タン屋さん、子供にも優しい定食屋、保育士さんが経営してる子育てカフェ など自分で見つけたお店に、妻と息子をランチに誘ってくれたそうな。

 


友達もいなく、見知らぬ地で育児を始めた妻にとって、そのお友達、いわゆるママ友は本当にかけがえの無い存在だったのだろう。

 

 

 

 


 


それはワンオペで育児をする母親にとって悩ましい存在なのだ。公園にも行けず、家の中で息子はイヤイヤ期の癇癪も起こしやすい。

 


そんな時も、そのママさんは、「家に来て一緒に遊びませんか?」と誘ってくれた。

家は歩いて2分くらい。とても近所だった。

妻と息子で伺って、一緒に遊ばせてもらったりしたそうで、

それはそれは雨の日も楽しくなった。

 


そのお家の壁には娘さんの落書きがそこら中に描かれていたそうな。

賃貸だと世の大人は退去時のお金を気にしてしまうところだが、

子供の自由にさせてあげたい。という考えを当たり前に優先させる

そういう道徳を持った人だった。

 


妻と息子がお邪魔すると、よくお昼ごはんを用意してくれた。

ありふれたキッチンとありふれた調味料で作る。

ウィンナーと卵が入った温かいチャーハン。

僕は食べていないが、話を聞くだけで胃が温かくなった。

 


妻も、そのママさんと娘さんを我が家に招待した。

4人で一緒に手作りお菓子を食べたり、クリスマスパーティーをした。

 


それから1年経って、息子もその娘さんも2歳になる頃。

何の因果か同時期にお互い2人目を懐妊した。

僕の妻は奈良へ、そのママさんは埼玉へ里帰りをしたため、半年近く4人は離れ離れになった。

今度は6人で遊べる日を楽しみに。

 


2021年の年末。

それぞれが、もとの名古屋に戻る頃。

そのママさんから妻に連絡が来た。

 


急な引っ越しが決まった。

 


という事らしい。

パパのお仕事の転勤で関東へ戻るそうなのだ。

 


妻や息子にとっては悲しいお知らせだった。

ただ、救いだったのは、そのママさんの実家の近くで暮らせる。ということらしく

おばあちゃんやおじいちゃんの支えが在れば育児に安心して暮らせる。

そんな安心感があった事。

どうか幸せに暮らして欲しい。

 


2021年12月の末に、思いもよらず、早いお別れの日が来てしまった。

妻と息子、そして新生児の3人は、ママさんのお家へ伺った。

僕は「こちらは気にせず思う存分話してきて。」と妻に言った。

 


最後のお家遊びは、少し成長した娘さんと息子が仲良く遊んでいたそうだ。

息子はわんぱくで喧嘩っ早いところがあるが、その娘さんには何故かずっとニコニコ微笑みかけているそうだった。

また、お昼ごはんをご馳走してくれたそうで

温かい、ウィンナーと卵が入ったチャーハン。

それをアパートの窓から差し込む陽だまりの中で食べた。

帰り際はみんな充分に涙を流したそうだ。

 


どんなに幸せな日々にも、不安は在る。悩みは在る。

こんなに幸せなのに、どうしてこんな事を考えてしまうのか。と自分が嫌になる事がある。

そんな時、不安を解きほぐしてくれるのは

他者からの共感 だったりする。

そのママさんと妻は互いに共感し合い。

不安をほぐしてくれた。

 

 

 

あの平日の日々

4人は、マンションから半径2キロくらいの間でたくさん旅をしたんだ。

キラキラ輝く宝物をたくさん見つけた。

みんなそれに気がつく心をもっていたからだ。

 


僕は妻から聞くそんな話が好きだった。

ママさんと娘さんと妻と息子の4人が過ごした、平日の時間を美しく尊いと思った。

そして「ありがとう。」と心から思った。

 


年が明けて、そのアパートの前に引っ越し屋さんのトラックが止まっているのを見かけた。

 


1月にしては陽の光が温かい、冬晴れの日だった。

 


僕は彼女たちの事をとても大切に思っている。

幸せでいてほしい。と強く思う。

彼女たちの「今」と「今以降」が温かく、優しく、正しく流れて行くことを、

心から祈っている。

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